一見、多様な生き方が認められる時代になっているように見えますが、結婚して子供を作って・・・という「普通の生き方」に対する社会的な圧力はまだまだ強いものがあります。

僕自身、40代半ばを過ぎて、結婚歴はなく、子供もいませんが、「どうして?」みたいな目を向けられるんですよね・・・
「結婚したくないわけじゃないけど、僕にとって恋愛も結婚も不可欠なものではありません」と正直に言うんですが、なかなか納得してもらえません。

ある時、「セックスしなくても平気なんですか?」と年下の既婚女性から聞かれたことがあります。
これってセクハラじゃないの?
と思うわけですが、「平気じゃないけど、別にしなくても耐えられるよ」と正直に答えました。

僕にとっては、これが「普通」なんですけど、一般的には普通じゃないみたいなんですよね・・・
祖母なんか、認知症で僕が誰だかわからなくなっているにもかかわらず「まだ結婚せんのか? 子供は作らんのか?」と、いまだに聞いてきますからねえ・・・

そんなわけで、昨日に続いて『コンビニ人間』(村田沙耶香)の話です。

型にはまることで人はマトモに生きることができる ~『コンビニ人間』を読んで考えた~

*** ネタバレあり ***

主人公の古倉恵子は36歳未婚なんですが、それだけでなく、恋愛経験もなくて処女なんですよね。
僕にしてみれば、「そういう女性がいても何の不思議もない」と思うんですけど、世の中の人の大半はそうは思わないんですよね。

主人公自体も、別に恋愛も結婚もしたいと思っていなければ、子供が欲しいとも思ってないんですよね。
でも、家族や世間の「常識」を押し付けられることが鬱陶しいと思っている。

同じコンビニに一時期バイトに来ていた、白羽というダメ男がいるのですが、主人公は、便宜上この男と同棲(というよりは同居と言うべきか)するようになります。
お互い恋愛感情もなければ、セックスもしません。

「36歳でコンビニでバイト。独身で彼もいない」をカモフラージュするためだけの関係なんですよね。

で、この白羽という男は、「婚活のためにコンビニのバイトを選んだ」と公言しており、コンビニのバイトという身分は馬鹿にしているんですよね。

「俺は起業家になりたいし、その才能もあるけど、資金だけがない」みたいなことを考えています。
一見、この男は自分らしく生きようとしているように見えるけど、別の意味で型にはまってしまってるんですよね。
こういうタイプの男って、実際、他にもいそうなんですよね(ここまで酷いのは珍しいと思うけど)。

この白羽、お客さんにストーカーしてすぐに馘になってしまうわけですが、たまたま主人公が白羽と再会して、なし崩し的に同棲することになります。
白羽は働くわけでなく、恵子に寄生し続けている。

かなりおかしな生活なんですが、周囲の人達は、「恵子もやっと恋愛に目覚めた」「まともになった」と安心します。

恵子自身も、より「普通」になるために、コンビニのバイトを辞めて、就職しようと試みます。

まあ、最後にどうなるかは、小説を読んでいただくとして、僕自身が感じたのは下記のようなことです。

「普通」とか「まとも」という基準なんて本当はなくて、一人ひとりが持っている「ズレ」を、騙し騙し社会に適合させていきながら、みんな生きているんだなあ・・・ということですね。

余談ながら、作者の村田沙耶香さんは綺麗な方でですが、執筆時に実際にコンビニでバイトしていたり、年齢や独身であることが小説の主人公と重なっていたりもして、「どこまで本人がモデルなのか?」という興味もそそられたりはします。
まあ、前にレビューした『成功者K』と同様、真実はわからないので「事実を元にしたフィクション」ということで受け入れるしかないでしょうね。

成功者の人生って? 『成功者K』を読んで考えた


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください