お盆シーズンですが、僕は帰省もしない(親と絶縁状態なので、帰る家がない)し、旅行も行きません(混雑期に旅行に行く必要性がない)。
沖縄で十分楽しいですからね。

そんな中ですが、『成功者K』(羽田圭介)を読みました。

羽田圭介と言えば、又吉直樹と同時に芥川賞を受賞した方です。
受賞した時は、又吉さんばかり目立って、可哀そうだなあ・・・と思ったものですが、芥川賞受賞発表時にデーモン閣下のコスプレをしていたとかで、多少目立ちました。
その後は、テレビに出たりしていて、意外に目立っています。

そして、『成功者K』という、ノンフィクションともフィクションともつかない、赤裸々な小説を書いて話題になりました。

又吉直樹の方は、『火花』で芥川賞を受賞された後、『劇場』という小説を上梓されてます。

又吉直樹の方は、いかにも正統派の日本の純文学というか、私小説的な作風になっています。

羽田圭介の方が、ずれた作品を書いているんですよね。
対照的な逆転現象は、それ自体が文学的ですね(!?)。

又吉直樹は奇を衒う必要はないですが、羽田圭介の方は目立ち続けてないと、世間の注目を集められないというのはあると思いますね。
別に、羽田圭介がダメだというわけではなく、純文学なんて、普通に書いていても売れないわけです。
売れる戦略が必要ってことですね。

で、『成功者K』なんですけど、完全に作者をモデルとした、「成功者K」が芥川賞を受賞して一気に脚光を浴び、テレビに出まくり、女性とヤリまくるという、非常に下世話なストーリです。
前半だけ読むと、受け狙いというか、売らんかな的な内容になっています。

ただ、芥川賞作家だけあって、表現は巧みで、屈折した心理描写なんか上手いなあ・・・と思わせられます。
それだけだと、表現は巧みだけど、内容は浮ついた小説で終わってしまいます。

後半というか、最後の方で、どんでん返しがあって、それが作品としての価値を担保しています。
前半がダメだというわけではなく、ちゃんと後半の伏線になっているんですよね。

Amazonのレビュー数では、『劇場』の半分以下ですし、評価も賛否ありますけど、僕としては、『劇場』よりも面白いし、内容も優れていると思いますね。
成功した人、人々から注目集めている人が必ず幸せではなく、それに縛られて自由に生きられないということが、良く分かるんですよね・・・

成功者を書いた日本の純文学は、あまり多くないと思います。
ちょっと古い作品ですが、僕は村上龍の『テニスボーイの憂鬱』を思い出しますね。

ただ、この小説はバブル期に書かれたものなので、現在から見ると、ちょっと違和感があるところはあります。
まあ、バブル期で人々が浮かれていた時代に、成功者の憂鬱を描いているという、かなり先見の明がある小説だと思いますけどね。

で、『成功者K』の方が小市民的だし、時代が浮かれているというか、成功者Kだけが浮かれているというか、そんな感じはありますね。
やっぱり、同じ成功者を描いても、時代精神が反映されているものだなあ・・・と思います。

成功というのは、多くの人が望みながらも、手に入れてしまうと、あまり楽しいものではないんだと思います。
だから、常に成功者であることを周囲にアピールして、自己満足に浸らないとやっていけないんだと思うんですよね。
やっかみではなく、本気でそう思います。


2件のコメント

  1. deefe

    皆から崇拝されたい、尊敬されたいというような承認乞食じゃないと成功は無理だろうな

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    • bucketlist

      まあ、そうでしょうね。謙虚な成功者もたまにいますが、本当に「たまに」ですね。

      返信

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