又吉直樹さんの『夜を乗り越える』(小学館よしもと新書) を読みました。

「小学館よしもと新書」なんてものがあるなんて知らなかったなあ・・・
それはさておき。

ピースの又吉・・・
いや、いまや、芥川賞作家の又吉直樹と言った方が良いですよね。

その又吉さんが芥川賞を獲った時、ホンネは「芸能人だから優遇されているのかな?」と思いました。
ベストセラーになったときも、「芸人が芥川賞獲ったら、本が売れまくるってどうよ」と思いました。
そんなヒネた性格のせいで、『火花』は読まなかったんですよね。

その後、世の中の浮かれ騒ぎとは裏腹に、又吉さんは冷静と言うか、自己を押し出さないというか、そんな感じでした。
むしろ、同時受賞された、羽田圭介さんのほうが、浮かれてる感じはありました。
羽田さんのテンションは嫌いじゃないですけどね。

で、遅ればせながら、1年弱前、つまり芥川賞受賞後の著作『夜を乗り越える』を読みました。
本作は、又吉さんのこれまでの文学体験を綴ったものです。

これまで「芸人が余技で書いた小説が芥川賞を受賞した」くらいに思っていたんですが、読んでみて考え方を改めざるを得なかったですね。
又吉さんは内省的な人で、近代文学は彼にとって心のよりどころだった。
決して、芸人が自分の教養をアピールするためのファッションではなかったんですね。

専門の文学研究者のように、著者が何を意図して作品をものしたのか、歴史や同時代の作品の中で、ある作品がどのような位置づけになるのか、みたいなアプローチはしていません。
彼の人生のそれぞれのシーンで、近代文学が彼にどのような影響を与えてきたのか?
ということが淡々と語られています。
又吉さんは、小説を頭というよりは、体で体験して、血肉としていることが良く分かりました。

あと、又吉さんというと、太宰治、芥川龍之介のような明治から昭和初期くらいの小説が好きな人・・・というイメージでしたが、中村文則、町田康、平野啓一郎、西加奈子など、現代の作家の作品もたくさん読まれているんですよね。

しかも、又吉さんは、小説の世界と、自分の体験や思考と重ねあわせながら、「身体感覚で読んでいる」という感があります。
読んでいて、「この作品はこういう読み方もあるんだな!」と感心させられるところも多々ありました。
でも、普通の読者にとって、小説というものは、そもそもそういう読み方をするものなんですよねえ。

不必要に騒がれすぎている感はありますけど、又吉さんがエバンジェリストになって、人々がもっと小説を読むようになれば、本離れも防げると思うし、日本人の民度も上がっていくと思います。

考えてみれば、石原慎太郎、田中康夫(芥川賞は獲ってないけど)、村上龍、綿矢りさなんかも、話題先行型だったけど、小説界に読者を引き戻すという重要な役割を果たしているんですよね。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です