話題になっていた中国産のSF小説『三体』をやっと読み終えました。
中国で空前のベストセラーになっただけでなく、アメリカでもオバマ大統領や、フェイスブックCEOのマークザッカーバーグも絶賛し、SF最高峰のヒューゴー賞をアジア圏初のみならず、非英語小説としても初の受賞を果たしたという作品です。
確かに、すごい小説でした。
ストーリーの骨子は、使い古された宇宙人侵略ものと言っても良いんでしょうが、既存のSF小説にはない発想も盛り込まれていて、文化大革命等という悲惨な中国現代史や、科学的な知識、バーチャルゲーム「三体」の不思議な世界など、色々な要素が絡み合って、壮大な世界観が形成されています。
日本は、御三家(星新一、小松左京、筒井康隆)以降も優れたSF作家は出ているものの、漫画やアニメに押されて、「国民的作家」、「国民的作品」と言えるようなものはなかなか出てこない状況にありますね。
本作日限らず、ここにきて、中国のSFが急に活況を呈してきていいて、ダークホースがいきなりトップに躍り出てきたような勢いがあります。
中国映画のレベルもすごく上がっています。
ここ1年くらいの間に、『在りし日の歌』、『象は静かに座っている』、『芳華-Youth』と、中国映画を何本か見たんですが、どれも芸術的な側面から見ても、質がすごく高いんですよね。
中国って、人権弾圧が行われていて、自由がない……というイメージですが、これらの作品を見る限りでは、文化大革命をはじめとする中国共産党の過去の一部を批判することは許容されているようだし、現代に関しても、貧困問題を描くとか、あからさまな政権批判でなければある程度の表現の自由は担保されているのかな……とも見受けられます。
むしろ、過去、あるいは現在の一部に関してはある程度の自由を許容し、国民のガス抜きをすることで、政権を安定的に維持できている側面もありそうです。
香港、ウイグル、チベットに対する弾圧にしても、中国国内の反対をうまく封じ込めて、政権を安定的に運用できているのは、中国国民の多くが現状を容認できる社会環境があるからでしょうね。
もちろん、中国が経済発展して豊かになっているという背景もあるんですが。
10年位前、仕事やプライベートで良く中国に行っていたんですが、少なくとも若者に関しては、日本文化が好き(政治的なことは日本人にははっきりとは言わない)で、漫画やアニメ、ゲームはもちろん、小説に関しても村上春樹や東野圭吾は多くの中国人が読んでいました。
日本人もあまり読まないような、日本の芥川賞作家の作品を中国の学生が読んでいて、驚いたこともありました。
彼らによると、「中国の小説は、恋愛をはじめ、普通の中国人の生活に寄り添ったものがない」とのことでした。
歴史を見ても、庶民文化は中国より日本の方が発達していたし、近現代においても、中国の文学は政治的側面が強くて、「普通の人」が読んで楽しいものではなかったかもしれません。
『三体』は全然違うタイプの小説ではあるけど、大衆文化の成熟を象徴している作品だと思います。
GDPは中国に追い抜かれ、政治的にも中国に強くものを言えず……
という状況ですが、学問や文化、芸術の世界では、それでも日本の方がこれまでは優位性を維持できていたと思います。
ただ、10年後はそれも危ういなあ……と思わざるを得ないですね。
愛国者の方々は、「中国に抗議しろ」、「中国と断絶しろ!」みたいな強気の事を言いますが、残念ながら、いまの日本は中国とは対等ではないのですよねぇ。
僕個人としてもそれは忸怩たる思いはあるんですが、「分を知る」ということは大切だと思います。
せめて、文化面では、日本はこれらも独自でありながら世界に通用するようなものを創造し、少なくともアジア圏くらいでは主導的な立場を維持してほしいなあ……とは思います。
『三体』を読んで、「面白い小説を読めてよかった」という思いとともに、「中国はいずれ小説の世界でも日本を席巻するかも」という少し寂しい思いも抱きました。
なお、『三体』は続編の日本語訳も刊行されています。
1作目を再読してから読むか、再読せずにこっちを読むか、いま考え中です。