本日は東京マラソンでしたが、横目で眺めながら素通りして、下北沢に行ってきました。
下北沢01
ちょうど下北沢演劇祭が開催中です。
といっても、街頭で何かパフォーマンスがあるわけではないですが・・・
下北沢03
ネット、動画コンテンツの時代に中小含めて劇場が多数軒を並べている下北沢の風景は独特ですきですね。
行ってきたのは、東京ノーヴイ・レパートリーシアターの『ゴドーを待ちながら』
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/godo.html

雑居ビルの3階の、30人くらいしか入らない小さな劇場です。
下北沢02
原作は読んでいたのですが、なかなか解釈が難しい作品なので、舞台で観て改めて内容を確認したいというのもありました。

この作品、ほとんど何も起こりません。
ゴドーという謎の人物(?)を待つ老人二人が、延々と意味不明な会話をし続くけるだけです。
途中で不思議な二人の人物が登場するものの、この二人も良く分からない人たち。
色々な解釈が可能な作品なのですが、現代人のわれわれにも身につまされる作品だと思います。
ゴドーは神(=ゴッド)の隠喩とも言われていますが、定かではない。
主人公の二人は、ゴドーが来れば問題は解決する、、、少なくとも状況は進展すると考えています。
しかし、ゴドーは姿を現さない。
二幕劇なのですが、どちらも同じような構造をしています。
ただ、途中で現れる二人の人物が、ニ幕目では、盲目と唖になってしまっています。
これは老いを意味するのではないかと思いました。
日々、現れることもないゴドーを待ちながら、主人公たちは年老いて行ってしまう・・・
僕たちの生活にも同じようなことはあると思います。
・もっとお金があったら
・借金がなくなったら
・嫌いな上司がいなくなったら
・素敵な結婚相手が現れたら
・・・
状況は変わると思いながら、変わることのない日々を過ごしている。
僕たちも、きっとゴドーを待ち続けているのでしょう。
いつまでも現れることのないゴドーを。
明日こそ来るのではないかと、淡い期待を抱きながら。


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