労働者の皆さま、今日も一日ご苦労様です
最近、愛国心ってなんだろう?と考えることが多いです。
日本の「ハーフ」差別に外国メディアが批判 ミス・ユニバースの宮本エリアナさん問題
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/02/miyamoto-ariana_n_6991310.html

宮本エリアナ
日本国籍を持つんだから、日本人なのは当たり前だろう
と思うんだけど、そう思わない人もいるようです。
一方で、ノーベル賞を受賞した中村修二も南部陽一郎も米国籍を持つわけだから、日本人ではない。
でも、普通の日本国民(という表現もヘンですが)は「日本人がノーベル賞を受賞して誇らしい」と言います。
科学の世界はグローバル化しているので、日本国籍を持っていても、海外で研究して成果を上げる人がいます。
彼がノーベル賞を取った場合、「日本人の功績」という括りができるのか、明確ではありません。
一方で、「日本は、ノーベル賞を受賞できるような独創的な人材育成すべき」みたいな論調をたまに見かけます。
「海外の優秀な人材を引っ張ってきて、日本国籍を取得させればいいんじゃねえの」みたいな主張はほとんど見かけません。
そもそも、これだけグローバル化が進んでいるんだから、日本人かどうかなんてどうでもいいんじゃない?
という話になってもよさそうなのですが、最近は逆のことが起きている。
ネットが普及すると国境は意味がなくなる。
Facebookの人口は中国に次ぐ。いまや巨大国家だ。

みたいなことを仰る方もいますが・・・
ネットの世界ではネトウヨが跋扈しているし、Facebookに国家に対するような帰属意識を感じる人はいないと思います。
実は、これは全く不思議なことではありません。
ベネディクトアンダーソンという人が『想像の共同体』という書籍でそのことを論じています。
この本、『必読書150』の中の一冊に入っていたので、頑張って読んだのですが、正直良く分からなかった。

最近、『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』を読んで、だいぶ腹落ちしました。

国家もナショナリズムも約束事に過ぎないもので、実態があるわけではありません。
19世紀末から20世紀初頭にかけて起きた社会主義の勃興は、グローバリゼーションを加速させました。
革命家が国を超えて活動したり、社会主義者が歌った歌のタイトルが『インターナショナル』だったりしたのが象徴的です。
その反動というか、対抗として、ナショナリズムも加速していった。
また、ナショナリズムの発生は、新聞・出版文化の普及とも密接に関連している。
戦後、『左翼メディア』が跋扈した日本にいると、あまりその自覚は得られないのですが、新聞や出版物の普及で、同一の情報を得るようになることで、共同体意識が生まれてくる。
ネットも同様で、ネットの普及はグローバル化だけでなく、ナショナリズムも同時に加速させてしまうわけですね・・・
日本でナショナリストが増えているのは、グローバル化が進んでいることの裏返しでもあると思います。
愛国心を持つのは悪いことではないですが、排外的になっている様子はどうも見ていて気持ち悪いです・・・
(注)「ナショナリズム」と「愛国心」は同じではないことは重々に承知していますが、日本においては近しい概念にあると判断し、あえて区別せず使いました。
では、また


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