ジョジョラビット

『ジョジョ・ラビット』を観てきました。

予告編を見る限りはあまりそそられなかったんですが、アカデミー賞6部門にノミネートされたのと、口コミ評価が高かったので、観ることにしたのですが・・・

たしかに、良い映画だったと思います。

ナチスドイツを描いているにもかかわらず、ユーモラスで楽しみながら見られつつも、ちゃんと考えさせられるような内容になっている。

ただ、僕としては「アカデミー賞6部門ノミネートはちょっと過剰じゃない?」というのも思いましたね。

アメリカ映画がナチスやヒトラーを描くのって、実は難しいと思うんですよね。

「アメリカ軍はヨーロッパをナチスドイツの恐怖から解放した」という自負があるし、ハリウッドはユダヤ資本の影響が強いから、

「アメリカ=絶対的な善」

「ナチス=絶対的な悪」

という門切り型の描写になりがちです。

この映画も、そういう路線に則っています。

僕自身、この描き方を「当たり前のこと」として受け入れてきたのですが、比較文学者、映画史家の四方田犬彦さんが、この描き方に対して批判的なことを仰っていて、目が覚めました。

設定がドイツなのに、セリフがアメリカ英語なことにも違和感があります。
まあ、日本映画でも、舞台が中国でも日本語しゃべっている映画はありますけど、少なくともかなり過去の歴史を描いているから、何とか許容できます。

この映画は一種のファンタジーとして描かれているわけで、だからこそ、「セリフが英語でも良いでしょ!」という開き直りがあるわけすね。

『ムーランルージュ』(あるいは『レ・ミゼラブル』)はフランスが舞台なのになんで全部英語なんだよ!

みたいなことを言う人は野暮なんですが、そういう風に受け入れるべきだってことなんでしょうねえ。

上記のような定型の世界観に則りつつも、あくまでもフィクションというか、ファンタジーとして映画が作られている。

そういえば、1月末にアウシュヴィッツ解放75年で式典が行われていたんですが、ユダヤ人虐殺の史実が風化していて、それをどう語り継ぐかが課題になっているんだそうです。
日本における太平洋戦争、原爆投下や沖縄戦が風化しているのと、同様の状況があるんですねぇ。

現代において、あの時代の戦争をリアルに描くのが難しくなっているという状況もあると思います。

日本では、『この世界の片隅に』なんかも、アニメであの世界観で描いているから受け入れられたと思います。

『ジョジョ・ラビット』も現代ならではの描き方なんでしょうけど、トランプ政権下で、イスラエル寄りの政策が取られたり、イランとの紛争が起きている状況下で、こういう描き方をすることに対する違和感も禁じえなかったんですよねえ。

911のテロ以降、アメリカは自己批判的な論調も出てきて、アメリカ映画にも深みが出てきたのですが、最近はそれもなくなりつつあるのかなあ・・・と思います。

『ジョーカー』のように、国内問題を扱ったものにはちゃんと深みがある作品も出ていますけどね・・・


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