ブレードランナー2049

『ブレードランナー2049』のレビューの続きです。

『ブレードランナー2049』は満を持して作られた素晴らしき続編 その1(1156本目)

本作、予告編を見ると、ハリソンフォード演じるデッカード(前作の主人公)が出てきますが、本編中ではなかなか出てきません。

主人公は、あくまでもライアンゴズリング演じるレプリカント(?)のKです。
このKは、レプリカントという役割になってますけど、途中で揺らいでいくんですよね。
これをK自身が解明していく形で物語が進行します。

『ララランド』を観た時は、ライアンゴズリングはあまり印象に残らなかったんですが、本作のK役は素晴らしい!
オーバーな演技はなく、レプリカントとして感情を抑えた演技をしているんですけど、自分自身の出自の糸を手繰る中、要所要所で人間的な感情が出てくるんですよね。
孤独感を体から醸し出していて、それが悲しくて格好いいいんです。

*** 以下、ネタバレ注意! ***

で、Kの正体に関して、早めの方で推測がついてしまうし、途中でネタバレしてしまいます。
「あれ、こんなに早く結論に至ってもいいの?」と思うわけですが、そこからどんでん返しがあります。

なるほど!!という結論です。

そもそも、原作小説もそうだし、前作もそうなんですが、本作の主題は「人間とは何か?」です。

「人間には心がある」というのが、ひとつの定義でしょうが、「心とは何か?」と言われると、迷宮に入ってしまいます。
「感情がある」というのも同様ですね。
さらに、「記憶がある」というのもありますが、記憶と言うものは曖昧で、それは人を欺きます(本作でもそうですね)。

そんなわけで、本作では「Kはレプリカントなのか人間なのか?」
というのと同時に、「デッカードはレプリカントなのか人間なのか?」という疑問も平行して設定されていきます。

ココが本作の重層的で良く練られたところですね。

突き詰めていくと、かなり哲学的なテーマになってしまうんですが、それを下敷きにしつつ、一級のエンターテインメント(?)映画に仕上がっていて、そのバランス感も含めて、実に唸らされる、凄い映画だと思います。

スピルバーグとルーカスの登場で、現代SF映画の道が付けられました。
この2人は、深い哲学的な世界観を持っていると思いますけど、その後に出てきたハリウッドSFは、エンターテインメント性を重視してきました。

キューブリック的なSFは、その後は廃れ、細々と命脈を繋ぐしかなかったんですよね。
ただ、最近のアメリカのSF映画を観ていると、ポストスピルバーグ&ルーカスのフォーマットを脱して、多様な方向に進化しようとしていることが伺えます。
これからのSF映画の進化に期待です。

エンターテインメントと哲学性・思想性のバランスが良いと思う、僕がオススメのSF映画を最後に紹介しておきますね。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください