BSプレミアムで、黒澤明と山田洋次の作品が並行して放映されていました。
すでに見た作品は観てないのですが、改めて思ったのは、最近の山田洋次は黒澤明を意識してるのかな・・・と思いました。

『男はつらいよ』の時代は、黒澤よりは小津安二郎の影響が大きい感じがしました。
作風がだいぶ違うので、普通に観ていてもあまり気づきませんが。

近年の山田監督の時代劇シリーズは、黒澤の時代劇をトリビュートしているようにも見えます。
黒澤明は、芸術性とエンタメ性を兼ね備えた、稀有な映画監督です。
こういう監督で、黒澤ほどの人気と影響力を持っている人はその後出てないですね。
芸術性、エンタメ性のどちらかに特化した監督であれば、結構いるんですけどね。

そういう意味で、現役の日本映画の監督で、黒澤明に近いのは山田洋次かな・・・と思います。
近年の作品の幅の広げ方を見ていると、黒澤のポジションを取ろうとしているように見えるんですよね。

前置きが長ったですが、『武士の一分』です。

『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』に続く、「時代劇三部作」の完結作です。
作品としては独立してますがね。

舞台は幕末の海坂藩。
藩主の毒見役を務める侍、三村新之丞(木村拓哉)は妻・加世(壇れい)とつましく幸せな生活を送っていた。
ところが、この三村が毒にあたって失明してしまうんですよね。
最初は妻の支えもあって、何とか生活していたのが、妻が海坂藩の番頭・島田藤弥と浮気してしまう。
ただ、この浮気は夫を救うためにやむを得ずやったことなんですよね。
で、本当は島田の口利きは必要なく、島田の方は実は加世を弄ぶために、ウソを付いていて・・・
後半は、目に見えない三村新之丞が島田にどう復讐を果たすのか、が主題にあります。

そう言えば『たそがれ清兵衛』を観た皮肉屋の後輩が、「全共闘世代の妄想を体現したような映画」と評していました。

「そういう見方もあるのか」と思いました。
山田洋次氏は全共闘世代よりはちょっと上ですがね。

若いころ、学生運動に挫折をして、地位も誇りも失った人間が、存在意義を見つけて尊厳を回復していく・・・

というような物語(妄想)に、重なるってことですね。
まあ、全共闘に関わららないとは思いますが、中高年世代の挫折感を、時代劇に仮託して表現していると見えます。

『武士の一分』もまさに同系列の作品です。

物語は順目(既定路線)過ぎますが、ヒューマニズムという現代人の感情に訴えやすいところで作品化していることに加えて、山田監督に才能があることもあって、若い人が観ても、面白く、共感できる作品にはなってると思います。

ただ、作品としてターゲットは限定されるんじゃないかな。
実際は、キムタク(元アイドルという枠を超えて、良い演技を見せてくれます)人気も加わり、メジャー感が醸成されたのか、興行収入は良かったようですが。

あと、黒澤はヒューマニズムに根差していても、どこかそれに対する葛藤というか、批判意識というか、そういうものがあって、作品世界を深化させています。
山田監督の作品には、あまりそれが感じられないんですよね。

本作は丁寧に作られた良い映画だとは思いますが、山田洋次は黒澤明のような存在にはならないんだろうなあ・・・と思わせられました。

作品が老若男女幅広く受け、大衆的でありながらも深化した世界観を持っているという点では、いま黒澤に近いのは、山田洋次ではなく、宮崎駿じゃないかと思ったりします。
アニメと実写映画という違いはあるけど。
宮崎駿が黒澤明に次いで、アカデミー名誉賞を受賞したことは、そう考えると良く分かる。

話が逸れましたけど、『武士の一分』は良心的で、丁寧に作られた映画であることは間違いないので、安心して観てください。


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