今日から一週間、ポレポレ東中野であるドキュメンタリー映画が再上映されています。

『ある精肉店のはなし』

11月29日が「肉の日」なので、それにちなんでということらしいです。

大阪府貝塚市で、家族経営で精肉店を営んできた北出精肉店の一家を描くドキュメンタリーです。
精肉店と言っても、肉を卸して売るだけではなく、屠畜もやるんですね。

ここでピンと来た方もいるかもしれませんが、被差別部落の一家なんですね。

屠畜業は被差別部落の人たちがやっている・・・みたいな話は聞いたことがあったけど、現在は変わっているんだと最近まで思っていました。
東京にいたら、被差別部落の問題というのは、全然目につかないし、僕自身気にしたことはありません。
でも、関西人の人たちと話していたら、この話になることがあります。

ただ、この映画は差別問題を扱ったものとは言えません。

屠畜して、精肉して、それを販売する。
皮をなめして太鼓にしたりもする。
その過程が淡々と描かれています。
最初と最後に屠畜シーンがあり、正直目を背けたくなるのですが、それ自身が偽善的であることを思い知らされます。
だって、僕はその肉を「美味しい、美味しい」と言いながら、食べているわけですからね。

北出一家の家族の絆についても平行して描かれています。
淡々と描かれているんですが、この映画のキャッチコピーである「いのちを食べて いのちは生きる」ということがビシビシ伝わってきます。

正直、ナレーションもうまいとは言えないし、撮影も技巧を凝らしているとは言えません。
でも、非常に優れた映画に思えてくるのは、作り手が、北出一家にしっかり入り込んで、その姿を丁寧に掬い取っているからでしょうね。
だから、家族の普通の生活シーンでも、なぜかじわっと感動したりするんですよね。

僕は、食べ物は残さない主義なんですが、この作品を観て、改めて、命を奪うことで自分が生きていけていることをしっかり自覚して生きて行かなきゃならないなあ・・・と思いました。
優等生的な感想でスミマセンが、本当にそう思ったんです。

そう言えば、小学生のころ見たNHK教育テレビの番組で、ある小学校が実習で肉牛の世話をするドキュメンタリーがありました。
その牛が、最後に売られていくんですよね。
牛は抵抗し、男子生徒は「逃げろ」「逃げろ」と叫びたて、女子生徒はワンワン泣いていました。
僕はその番組を見ながら、「どうして、業者の人は牛を連れて行くんだろう。逃がしてあげれば、生徒たちから感謝されるのに」と思ったんですね。
でも、いまにしてみると、それも完全な偽善ですよね。
子供たちも肉を食べて生きているわけだから、そのことをしっかり自覚してもらうには、牛を逃がしてはいけないんですよね。
改めてそんなことを思い出した次第です。

この作品は、DVD化はされてないですが、写真絵本(?)が作られているようです。
映画を観に行けない人は、こちらをどうぞ。

いやー、映画って本当にいいもんですね~
それでは次週をご期待ください。
サヨナラ サヨナラ サヨナラ ♪


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