『ダーティハリー2』のレビューを書いてから少し間をおいてしまいましたが、『ダーティハリー3』のレビューです。

『ダーティーハリー2』は矛盾を抱えた映画(1050本目)

『ダーティハリー』シリーズは僕の中では、A級になりきれないB級の刑事物といいうイメージです。

例えが正しいかは分からないけど、ドナルドトランプみたいな映画だと思います。
というのも、大衆の心理を巧みにくみ取ることはできるけど、中身は支離滅裂で、倫理性にも欠ける。

でも、というか、だからこそというか、このシリーズは真面目に見ていくと、色々とアメリカという国家とか、当時の時代性とかを色濃く反映しているんですよね。

今回の特徴は、ハリーの相棒に女性のケイト・ムーアが任命される点です。
1976年の作品ですが、ちょうどウーマンリブが叫ばれているころでしょうか?
警察側としても、広報のために、女性の起用を促進して、その面倒を現場のハリーに押し付けようとする。
最初はケイト・ムーアは失敗するし、ハリーも冷たいけど、途中からどんどん活躍してくれます。
女性が進出する社会を描かなければならない以上、こういう展開にならざるを得ないわけですが・・・

でも、彼女、後半で犯人に殺されてしまうんですよね。
結果論から言うと、「新米の女性警官を、危険に晒すような配属しちゃだめでしょ!」と思うわけですが。
現代日本でこんなことすると、メディアやSNSでボコボコにされて炎上すると思います。

まあ、70年代のアメリカですからねえ。

それはさておき、犯人グループのリーダーがベトナム戦争の帰還兵という点も、時代を象徴してますねえ。

前にもちょっと書きましたが、ベトナム戦争を明確に(このように書くのは、間接的に批判した映画はそれまでにもあったから)批判的に描いた『帰郷』『ディアハンター』が公開されるのが、『ダーティハリー3』の2年後です。

『帰郷』はアメリカ映画史の分水嶺を感じさせる作品

この時点ではベトナム戦争帰還兵の問題は顕在化していても、ベトナム戦争自体を否定的に描くのははばかられてたんでしょうねえ。

さて、後半の舞台がアルカトラズ島というのも面白いですね。
この島は、映画の舞台であるサンフランシスコの沖合にありますから、このシリーズが目を付けるのもムリはないです。
現在は観光地になっていますけどね。

レビュー書けてませんが、『ザ・ロック』という映画も似たような構造をしていて、元々は体制側にいた犯人グループがアルカトラズ島に立てこもるストーリです。
同じ構造の作品が複数創られるというのは、アメリカ社会を象徴しているのかもなあ・・・と思います。

いずれにせよ、ハリーキャラハンはいつも通り、暴走しすぎているし、過剰に殺しすぎてますねえ・・・

いやー、映画って本当にいいもんですね~
それでは次週をご期待ください。
サヨナラ サヨナラ サヨナラ ♪


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください