夏休みモードに入っていて、仕事が落ち着いています。いつもより早く帰宅できます。

そんなわけで、BSでやっていた『男はつらいよ 奮闘編』を観ました。

先日、一作目のレビューを書きましたので、そちらも合わせて参照ください。
ノマドの先駆者を描いた(?)『男はつらいよ』(1019本目)

『奮闘編』の方はシリーズ7作目。

本作では、寅次郎の実母が出てきます。
初期作品を見ていなかったので、寅さんとさくらが腹違いの兄弟だとか、寅さんは実父が芸者に生ませた子供だったという話は知りませんでした。
後期作品にもエピソードとしては出いたのかもしれないけど、意識してなかったですね。
寅次郎出生の秘密(というほどたいしたことではないけど)を知らないと、寅次郎が単純な性格をしていながら屈折しているところが理解できませんね。

今回の寅さんの恋の相手は、青森から出稼ぎにきた知的障害を持つ少女・花子ということで、ちょっと変わり種の作品かもしれません。

同じような設定の作品に『愛は静けさの中に』がありますが、比べてみると、『男はつらいよ』はかなり理想化されているな・・・と思いますね。

知的障害を持った少女が「とらや」に迷い込んできますが、誰も厄介者として扱わず、家族の一員として素直に受け入れるんですよね。
寅さんも本気で花子と結婚しようと思うのですが、青森時代の花子の教師であり、身元引受人の福士先生が現れて、花子を連れ帰る・・・
みたいなストーリなのですが・・・

寅次郎も福士先生も、花子とは「不適切な関係」を結んではいないんですよね。
現代の映画だったら、「絶対に花子とやっちゃうでしょ!!」と思うわけです。

そういう目でしかこの作品を見られない僕も、心が穢れてしまっているのかもしれませんが・・・

当時の社会の実像が決してそうだったとは思いませんが、こういう映画が創られて、受けられていた昭和中期という時代は、実に牧歌的だったなあ・・・と思います。

あと、一作目と合わせて見ていて思うのは、後期の『男はつらいよ』と比べると、

・寅次郎が粗野で品がない(時代に合わせてキャラ設定をチューニングしたと思われます)
・東京(柴又)比率が高く、地方のシーンが少ない

ように思います。

ワンパターン映画に見えて(実際ワンパターンですが)、時代に合わせて変えてるところもあるんだなあ・・・と思いました。
あと、当時の世相が滲み出ている部分もあります。
必然的にシリーズごとに時代が反映されていて、その辺も興味深いところです。


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