宝くじ

宝くじが販売不振みたいですねえ。

宝くじ販売、2年連続減=ジャンボも不振-総務省

沖縄に来て、時給が1000円以下の人と仕事する機会も多いんですけど、そういう人たちから、宝くじの話題がよく出ます。
東京で働いている頃は、あまり話題になりませんでした。

「ギャンブルは貧乏人に課される税金」なんて言いますけど、良くわかります。
収入がある程度あれば、還元率の低い宝くじを買って夢を見るよりも、普通に働いて資産を蓄積した方が効率が良いってことは、すぐにわかります。

宝くじの販売が不振ということは、人々が現実に目を向けるようになってきているのかも・・・とも思います。
景気が上向いてきているというのもある一方で、一攫千金みたいものに夢を抱けなくなっている世相もあるのかもしれません。

並行して、こういう記事も出てました。

宝くじで1億円以上当たった人の末路

宝くじに当選した人が、不幸な末路を辿る・・・
みたいな話はこの記事に始まったことではないです。
当選しても、別に幸せにはなれないんですよね。

宝くじを買って、つかの間の夢を見て、外れて残念がる・・・
という一連のプロセスにこそ、宝くじを買う意義があると思います。

この記事で紹介されている、古典落語の『芝浜』はなかなか良い話です。
運に頼らず、自助努力をすべきという普遍の真理を、積極臭くならないように、オチも綺麗に付けられて面白おかしい物語として語られている。

僕の場合は、宝くじみたいな一角席んじゃなく、20年近くかけて給与所得と投資で億り人になり、退職金とアベノミクスで2億達成しました。
ITバブルやらリーマンショックやらを経験しているので、いつ大損こくかわからないし、時間をかけて増やしたお金を、短期で使う気にはなれません。

以前、僕が宝くじに当たったら何に使いたいか、ブログで論じました。

宝くじに当たったら何に使う? もちろん僕は・・・

たぶん、本当に宝くじに当たったとしても、これと同じように振る舞うと思いますね。

ちなみに、僕の資産は親や兄弟にも教えていませんが、それでも過去の所得や退職金から、僕がそれなりの資産を持っていることを嗅ぎつけています。
その結果、母親に結構なお金を奪われ、裁判沙汰になっています。

母親との調停で地元の裁判所へ

母親の欠席で和解調停は不成立に終わったので、訴訟を起こしました。

実の親が子供からお金を奪い取るとは、流石に思ってもいませんでした(だからお金の管理も甘くなっていた)。
これも、お金がなければ起こらなかったトラブルです。
お金を持つと、人間関係の大きなトラブルを抱えやすくなりますが、人間の幸せって、物質的な豊かさではなく、良好な人間関係からもたらされることの方が大きいので、「お金を持つと不幸になりやすい」ってのも、僻みや嫉妬から出るものじゃなくて、心理だと思うんですよねえ。

数百円の宝くじを買って、「◯億円当たったら何買おう?」なんて思っているときが一番幸せなんじゃないかと思っています。


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