牛肉
写真はイメージです

牛肉の偽装が発覚しました。

JA直営レストラン 「但馬牛」ヒレ肉を「神戸牛」として提供

お客さんから指摘されたのではなく、内部通報で発覚したんですね。
こういう報道を見るたびに、「消費者が区別つかなくて、それで満足して帰ってくれるんだったら、偽装しても良いじゃないの?」みたいな悪魔の囁きが聞こえてきてしまいます。

こんな考え方なので、僕が飲食店を経営したりすると、きっとダメになっちゃうでしょうね。

以前、NHKスペシャルでやっていたのですが、ストラディバリウスのバイオリンと、その他の高級バイオリンの音色は、音楽評論家でも区別がつかないそうです。
ただ、演奏家はちゃんと違いが判るんだそうですよ。

肉とバイオリンを比較しちゃだめなんでしょうが、微細な違いが、大きな価格差を生んでいることは共通してますね。
その微細な差異を楽しむために、いくらのお金を払うかというのは、もう趣味と言うか、嗜好の世界の領域なので、部外者がとやかく言うべきことじゃないですね。

「違いが分からないものに対してお金を払う必要はない」というのが僕の信条なんですが、高級品志向の強い人からすると「高級なものを体験するからこそ、違いが分かるようになる」ということなんですよね。
ケチるばかりの生活だと、モノの価値がわからなくなってしまうのも事実だとは思います。

しかし、現代は、中身よりもイメージの世界なんですよねえ。
誰も違いが判らず、価値が評価できないものに、高額な値段がついている。

そういえば、韓国の露店で500円で安物のネクタイを買ったことがあったんですが、女性社員から「素敵なネクタイですね」と褒められたことがあります。
お世辞を言う人ではなかったので、本当にそう思ったんだと思います。
たしかに、生地の品質が悪いのは僕でもわかったし、結び目が捩れてしまったりして、安物感はありました。
ただ、デザインは良かったし、外から見ると区別はつかないんですよねえ。

一番幸せなのは、違いが判ることではなく、違いは判らず、何でも価値があるものとして素直に喜べるってことかなぁ??
なんて思ったりします。


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