某女性から食事に誘われたので、行ってきました。
いまはリタイア優先なので、結婚はないし、男女の関係にもならないと思いますが。

それはさておき、新橋のびすとろ UOKINに行ってきました。
美味しいし、あまりお酒飲まないので一人3000円くらいで済みました。

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もはや高級レストランに行く必要はないと思います。

稼いだお金を使い果たした起業家の家入一真氏が、こんなことを仰っています。

お金がなくなってわかったのは、別に毎日カップラーメンでも全然不幸じゃないということ。だって美味しいもん(笑)。最近だと「サイゼリヤ」のドリアとか「すき屋」のカレーとか、安くて美味しいものにハマってる。
「サイゼリヤのドリアと、なかなか予約が取れない高級フレンチのコース、死ぬ前にどっち食べたい?」って言われたら、正直、甲乙つけがたい。それに気付けたのはすごくよかったなと思う。パラダイムシフトって感じだ。

妙に納得できる話です。

ヴェーバー‐フェヒナーの法則というのがあります。

刺激量の強度R が変化する時、これに対応する感覚量E は
E = Clog R
という数式であらわされる。

文系の方には分かりにくいかもしれません。

単純化すると、人間の感覚で「2倍になった」と実感するためには、実際には10倍の刺激を与えなければならないということを示します。

お金と満足感の間にも、この関係があるんじゃないかと思います。

サイゼリヤ(300円)のドリアの2倍の満足感を得るためには、600円払うのではなく、10倍の3千円を払う必要がある。
さらに、3倍の満足感を得ようとしたら、さらにその10倍の3万円を払う必要がある。

言い換えると、高級フレンチレストランの3万円のコースで得られる満足感は、サイゼリヤの300円のドリアの3倍程度。

満足感を定量化するのは難しいけど、なんとなく実感に合っている気がします。

逆に言うと、お金持ちは庶民の3倍の満足感を得るために、庶民の100倍のお金を支払っているということになります。
まあ、お金が流通して経済が活性化するのは良いことだと思います。

ただ、庶民は、100倍お金を使えば満足感も100倍になると思っている。
それで、お金持ちに対する羨望が生まれる。

僕の場合も、「10億円あったら豪遊できるだろうなあ」と思いますが、10億円あっても今の2倍くらいしか楽しくないんじゃないかと思います。
2倍楽しければ十分という考え方もできますが、そのために必死になって一生10億円を夢見ながら死んでいくのは空しいと思います。
僕としては300円のサイゼリヤで満足するコスパの良い生き方を選びたいと思うわけです。


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