週末の東京は天気が悪かったですね。
花見の季節なのに残念。
天気を見計らって花見をしてました。
花見はお金がかからない。全ての人に平等で良いですね。
花見
さて、昨日の日記の続きというわけではないですが、関係したことを書きたいと思います。
ある幸せな投資家の話
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幸福はお金で買えるのか
という議論をよく見かけます。
「買える」と答えると「拝金主義者」と批判されるし、「買えない」と答えると「綺麗ごとを言ってる」と言われてしまいます。
でも、僕としては明確に「幸福はお金で買えない」と信じています。
学生時代は、月の生活費は10万円以下で、貯金は100万円からほど遠かったですが、全然不幸ではありませんでした。
金融資産が1億円を越えた現在、「あの時と比べて、自分がどれだけ幸せになったのだろう?」と思います。
たいして変わらない。
というのが実感です。
当時よりは(多少は)良い住宅に住み、(多少は)高い物を買い、(多少は)良いものを食べています。
でも、それに応じて欲望も増大していくんですよね・・・
「もっと良いものを!」となってしまう。
お金がないときは、「1億円もあれば幸せに生きられるだろう」と思っていました。
いまは、「1億円じゃ完全リタイアできないな。2億円あれば、全然働かなくても生きていける。そうなれば幸せな人生が送れるだろう」と思っています。
2億円の資産ができたら、「3億円あれば・・・」と思うに違いありません。
いつまで経っても現状に満足できない。
生きている間に達成できるか否かはさておき、これが5億円でも10億円でも同じことだと思います。
お金があれば幸せになれると思ってしまうのは、現状の延長線上で考えず、飛躍して発想しているからだと思います。
いま持っているお金の2倍のお金が手に入ったら、幸せも2倍になるかのどうか考えてみればわかると思います。
あるいは、いまの半分のお金しかなかった時代が、幸福も半分しかなかったか考えてみればいい。
大金持ちになった状態と比較するから、良く分からなくなってしますのですが、結局は同じことだと思います。
「じゃあ、なんでお前はセコセコと金を貯めてるんだ?」
そう言われそうです。
お金で幸福は買えないが、(経済的)自由は買える。
経済的自由を手に入れて、残りの人生を自由に生きることができれば、それは幸福に繋がると考えています。
お金で幸福は買えないが、お金を有効活用して幸福になれる可能性はある。
そう思っています。
もちろん、お金はなくても幸福に生きれる人はいると信じていますし、お金のせいで不幸になる人もいます。
(実際にそういう例もいくつか見ています)
まあ、お金が増えたことで「幸せはお金では買えないんだ」と徐々にわかってきたこと自体が幸せだとは思いますけどね。


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