遅くなりましたが、『ちびまる子ちゃん』の原作者のさくらももこさんがお亡くなりになりましたね。

追悼の意も込めて(?)日曜日は久々に『ちびまる子ちゃん』を観ました。
懐かしい思いにとらわれましたよ。
『ちびまる子ちゃん』を最初に読んだのは、僕が高校生くらいの頃だったと思います。
子供の日常を描きながら、爆笑してしまうような面白さがあって、「ああ、子供の頃、こういうことがあったなあ」というほっこりした共感もありました。

少女の日常をネタにして、ここまで作品を面白く、しかも延々と物語を引っ張り続けられてきたのは、作者がかなり洞察力に優れているからだと思いますね。

さて、『ちびまる子ちゃん』自体は昭和時代に連載が始まっています。
ただし、講談社漫画賞少女部門受賞を受賞したのが1989年度(平成元年。
アニメ化したのがその翌年です。
で、さくらももこさんがお亡くなりになったのが、平成最後の年。

『サザエさん』が昭和を象徴する国民的マンガであったことと対照して、『ちびまる子ちゃん』は平成を象徴する国民的マンガだったという声も出ています。

でも、実際は違うんですよね。
『ちびまる子ちゃん』で描かれている時代は、1970年代と言われているので、時代設定は完全に昭和です。
実際は、1980年代の風俗や出来事も取り込まれているそうですが、やはり描かれているのは昭和時代なんですよね。

ただし、「舞台が昭和時代だから」というのが昭和的である最大の理由ではありません。
例えば、時代劇でも、現代を象徴している作品は沢山あります。

「世界観が昭和的」というのが、『ちびまる子ちゃん』の特徴なんですよね。

例えば、ちびまる子ちゃんの家庭ですが、
・両親共に揃っていて、二人とも初婚(多分)
・お母さんは専業主婦
・祖父母が同居している(しかも二人とも元気)
・戸建住宅に住んでいる
・子供は二人(姉のさきこと主人公のまる子)

これって、平成の時代からすると、むしろ特殊な家族構成じゃないの?
と思います。

少なくとも、僕の周辺にはこういう家族はほとんどいません。

じゃあ、「昭和時代の家族はそうだったのか?」と言われると難しいところです。
「みんなそうとは限らないけど、それが標準と見なされていた」とは言えるでしょうね。

そもそも、お父さんのヒロシは何の仕事してるのか、さっぱりわからないわけですが、彼の稼ぎ(+祖父母の年金・資産)で、一家が成り立ってるんですよね。

これも、平成の現代においては成り立ちづらい。

まあ、そんなわけで『ちびまる子ちゃん』は、決して「平成のマンガ」とは言えないと思うわけです。
僕自身は、『ちびまる子ちゃん』を観てノスタルジーに浸りはしますけど、「こういう時代に戻りたい」はあまり思わないです。
多様性が認められるいまの時代の方が、僕にとっては生きやすいです。


2件のコメント

  1. deefe

    昭和の時代にコミュ障がこれほど快適に生きられるかというとかなり難しいように感じる。
    まず結婚しないと変態とみなされ気軽に出歩けない。
    コンビニや惣菜もないから家事が大変すぎてやってられない。
    ネットがないから何にするにしても人に聞かないといけない。情報を得たり助けてもらうには媚びをうったりなだめたりすかしたりテクニックが必要になってくる。
    現在だからコミュ障のセミリタイアがこれほど幸福を得られるのであって昭和だったら地獄を味わってたろうと思う。

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    • bucketlist

      そうなんです。平均というか、標準というか、普通というか、そういうものが無くなってきたし、そこから外れても生きられるようになってきたのは現代ならではですね。
      昭和時代よりはいまの方が全然良い時代だと思います。

      返信

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