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青春アニメ、なぜ地方の町ばかり舞台に? 『打ち上げ花火~』の独自性に迫る

たしかに、最近のアニメは地方が舞台のモノが多いですね。

もちろん、宮崎駿作品には『となりのトトロ』みたく、地方というか、田舎舞台にしたものは以前からありました。
一般的には、『サマーウォーズ』くらいから、田舎舞台の青春映画が増えてきた気がします。

ちなみに、『打ち上げ花火~』は最初は観に行こうと思ってたんですが、評判が芳しくないので、行くのをやめました。

それはさておき、最近のアニメ作品は、たしかに田舎の因習とか、伝統とかが描かれていて、そこでの神秘体験がファンタジックに描かれていますね。
単純にユートピアとして描かれているわけではないですが、作品中の地方って、どこか、人間が帰って行くべき根源的な場所として、象徴的な意味が担わされている気がしますね。

沖縄を舞台としたアニメはあまり多くないですが、映画やドラマはたくさんあります。
沖縄の場合は、「懐かしい故郷」の象徴というよりは、「どこにもないところ」という原初的な意味でのユートピア性が色濃く出ていることが多いです。

僕自身、沖縄ではないですが、寂れた地方都市の出身です。
地方を舞台にしたアニメや映画を観ると、ノスタルジーを刺激されるんですが、自分が生まれ育った田舎と重ねあわせるかというとそうじゃないですね。

実際の地方都市は家族親戚のしがらみが多いし、保守的だし、何よりも可愛い女の子の数が圧倒的に不足してます(男女を入れ替えても同様だと思う)。
そんなわけで、美しい青春時代を凄くには、必ずしも適した場所ではないですね。

アメリカ映画ですが、僕の好きな作品に『ギルバートグレイプ』があります。

青春映画ですが、この映画は、地方の疲弊、家族のしがらみによる閉塞感が、暗くならずにファンタジックに描かれた良作です。
この映画のラストシーンを観たとき、ちょっと衝撃的でしたね。
日本映画だと、地方というか、故郷というか、そこは積極的に出ていく場所として描かれることは少ないですが、この映画は違ったからです。

都会だけがドラマの中心ではないので、地方を舞台にしたアニメ映画がたくさん創られることは、良いことだと思います。
ただ、地方のネガティブな側面も描いた方が、よりリアリティのある深みのある作品ができるんじゃないかなぁ・・・
まあ、アニメ映画にそれは求められてないかもしれないけどね。


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