労働者の皆さま、今日も一日ご苦労様です

この時期になると、戦後70年の報道が多くなってきますね。

戦争を実体験していない身としては、アベノミクスで株価も好調だし、過去よりは未来に目を向けようよ!
みたいなこと言ってみたい気にもなりますが・・・

でも、現実の生活はさほど良くなってるわけでもないし、少子高齢化、財政赤字も進み、明るい未来が開けているとは言いがたい。

「いったい日本はこれからどうなるんだ!」とたまにはお国を憂えてみたい気もしつつ、「まあ十分な資産を作っていざとなったら海外逃亡すればいいや」みたいな非国民的なことを思ったりもします。

最近、学生が安保法案の反対デモやったり、それに対して賛否両論意見が出てたりして、思うところも多々あります。
別に戦争に直結するわけじゃないから「戦争法案」とか言って批判するのはおかしいと思うし、「安倍さんは戦地に行くんですか!」みたいな感情的な意見に対しては、「国家の指導者が前線に言っちゃダメでしょう!」と突っ込みたくもなります。
一方で、政治に対する意識とデモをする元気のある若者を見ると、まだまだ日本は捨てたもんじゃないかも・・・と思ったりもします。

批判者に対して「批判するなら代案を出せ」的な意見も出ていますが、仕事でそういうことを言われ続けてきた身として共感したりする一方、「代案出さないと批判するなというのは口封じじゃないの?」とも思ったりもします。

60代、70年代の安保闘争では、代案どころか、問題の所在が良くわからないまま運動に参加していた人も多かったそうです。
一種のお祭りだったんですね。
適度に暴れてストレス発散させて、落ち着くところに落ち着いただけだったんでしょうかね。
そういうことを考えると、今回も同じ結果になるんじゃないかと思ったりもします。

でも、60年代、70年代はいろいろあったけど、いまよりは寛容な時代だった気もしますね。
アングラ文化も多数出ていたし、政治批判もいまよりも自由にできた気がします。
と言っても、60年代は生まれてなかったし、70年代は物心ついてなかったのですが(オイ!)。

さておき、橘玲さんの下記の記事を読んで、妙に納得しましたね・・・

日本がなぜ戦争したかは、新国立競技場問題が教えてくれる 週刊プレイボーイ連載(206)

週末にNHKスペシャル「特攻~なぜ拡大したのか~」を見ていたのですが、状況を甘く見積もり、誰も責任を負わないまま、最悪の突入してしまった姿は、たしかに今回の国立競技場問題につながります。

一方で、アメリカは大統領のリーダーシップの元に第2次大戦後も戦争ばっかりやってるので、責任の所在が明確だったら戦争が避けられるものでもないなあ・・・
とも思ったりするわけですが。

原爆落とされてひどい目にあった日本が、今度は自ら手を染めた原子力によって苦しめられているのは歴史の皮肉にも思えます。
だからと言って「原子力がダメならわが日本国のエネルギーはどうやって供給するんだ。対案を出せヴォケ!」と言われると、「ありません。スミマセン」と謝らざるを得ません。
何よりも東電株を保有している身としては、「株が上がらないかなあ」というのが関心事だったりもします。

なんだか考えがまとまらず、ダラダラと書き綴ってしまいました。

いずれにしても、70年たっても、日本はまだ当時抱えてきた問題を引きずっているし、それと無関係に現代の生活を送るわけにも行かないってことなんですよねえ。
・・・とバカみたいなまとめですが。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください