1000円以上するセミナー・講演会には、よほどのことがない限り行かない方針なのですが、友達に誘われて行ってきてしまいました。

糸井重里×梅佳代「白い犬とほぼ日のはなし」

場所は、神楽坂のla kagu(ラカグ)。

ラカグ01

新潮社が主催で、梅佳代さんの写真集『白い犬』の出版記念イベントです。

ラカグ02

糸井重里さんは聞き役というか、司会進行な感じで、タイトルとは裏腹に、「ほぼ日のはなし」はありませんでした。
メインは梅佳代さんの新刊の話題。

期待が裏切られた部分はあれど、面白く、勉強になりました。
梅佳代さんの写真を見ても、正直あまり良さが分かりません。
今回の写真集にしても、「実家の飼い犬を撮影して、写真集にして商売として成立するの?」というのが最初の印象。

糸井さんの絶妙なコメントとモデレート力で、だいぶ理解できた気はします。

写真というのは、

1.被写体に対する愛があるべきである
2.綺麗に、美しく撮影するように努力すべきである

というのが一般則だと思ってましたが、いまはそうではないんですよね。

トークセッションの中で、梅佳代さんは「愛はないけど、情はある」みたいな方向になりました。
実際、梅佳代さんは犬が嫌いで、実家の犬も必ずしも好きなじゃいそうなんですよね。
犬や猫の写真って、撮影者が(一時的かもしれないけど)多少を愛していて、できるだけ可愛く撮ろうとするもんだと思ってました。
大半はそうかもしれませんが、そうでないからこそ、他の写真集なんかとは違うものに仕上がるんですね~

あと、技巧を凝らして美しく撮ることは、必ずしも重要ではない。
撮影した写真の中から何を選び、写真集に採用するかという視点も重要だという話もありました。

たしかに、梅佳代さんの写真は、他の動物写真と違って、深い愛情はないし、可愛らしくもない。
もちろん、可愛い写真もありますが、その瞬間を撮ろうとはしてないんですよね。
そこが梅佳代さんの特長であり、魅力なんですね。

うーむ。
これまで、写真は1枚1枚が独立して評価されるべきだと思ってましたが・・・

いまの時代では、写真家のキャラクターや、いかに取捨選択し、編集するかという視点も重要なんですね。
そういう時代であるからこそ、梅佳代さんの写真が評価されているところはあるんだろうなと思います。

あと、犬の話から人間の話になりましたが、生き物は歳を取るにつれて、行動も居場所もパターン化して変化が無くなるんだそうです。
だから、ずっと写真を撮影し続けていると、相手(被写体)が歳を重ねるにつれて、だんだん撮るべきものがなくなっていくんだそうです。

最近、老いが気になりはじめましたけど、人間に限らず、生き物は生きている時から、徐々にモノ化するんですね。
気を付かないと、いつの間にかどんどん老化していって、変化の少ない人生を送ることになってしまいそうです。
気を付けねば。


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