振袖姿、スーツ姿の若者を良く見かけなあと思ったら、成人式でしたね。
彼らよりも2倍以上生きてきてしまったんだなあ、と思うと感慨深くもあるけど、無駄に齢を重ねてきたことを恥じる気持ちも無きにしも非ず。
僕は、成人式には出ませんでした。
当時、浪人していたし、出席する意味をあまり感じていなかったのもあります。
それ以降、大学に入学した時も、バイトで初めてお金をもらったときも、就職したときも、自分が大人になったという気はしませんでした。
沢木耕太郎さんが、『バーボンストリート』というエッセイ集の中でこんなことを書いています。
人はいつ青年でなくなるのか。それは恐らく、年齢でもなく結婚でもなく、彼が生命保険に加入した時なのではあるまいか。
命のカタを誰かに残さなければならない、残したい、と思ったときに彼は青年期を終えることになる。たとえその相手が誰であろうとも、生命保険へ加入した瞬間に、彼は青年の次の時代に入っていく。
そんな気がしてならないのだ。

この一節を読んだとき、「なるほど」と思いました。
私は新入社員の頃、先輩の従妹(保険会社勤務)を紹介されて、付き合いで掛け捨ての生命保険に入りましたが、意味がないのでもう加入していませんし、青年期を終えたという自覚もありません。
ただ、人は自分以外に守るべきものができたときに大人になるというのは、その通りな気もします。
その点で、僕にはいまだに守るべきものがない。
だからいつまでも「大人になった」という自覚もないんでしょうね・・・
守るべきものがないことは、強い部分もありますが、弱い部分もあるなと思います。
僕がいま、働く意味が見いだせないのも、守るべきもの、残すべきもの、残すべき対象が見いだせないからじゃないか・・・・・・と思ったりもします。
気持ちはすごくラクなんですけどね。

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