労働者の皆さま、今日も一日ご苦労様です
3月11日。
震災から4年ですね。
あれから何が変わり、何が変わらなかったんだろう?
と、ふと思い直してしまいます。
震災直後の東京はピリピリしてましたね。
ちょっとしたことで「不謹慎!」とバッシングされるような雰囲気でした。
僕は、その頃は意外に冷静で、コツコツと株を買っていたものです。
電力株も仕込んだのですが、いまだに低迷してますね。
原発問題がいまだ解決を見ていないことの証左でしょうか。
僕にとっては、3月11日その日よりも、その後のGWに被災地を直接体験したことの方が重要な経験となっています。
人の命、あるいは人が長年に渡って築いてきたものが一瞬にして損なわれてしまう。
そんな現実を目の当たりにすると、自分の人生についても考えないではいられなくなります。
宮古市
*2011年5月3日の宮古市。がれきの間をパトカーや救急車が巡回していました。
いまや、東京オリンピックだのアベノミクスだのと景気が良いですね。
日本人の変わり身の早さ、節操のなさはすごいなあ、と感心してしまいます。
(別に批判している訳ではない)
一方で、被災地ではいまだ仮設住宅に住んでいる人も多いですね。
株の配当金に「復興特別所得税」という項目があり、微々たる金額が徴収されていますが、「何に使われているんだろう?」と思いますね。
有効活用されていればいいのですが……
最近では、2014年6月に石巻に行きましたが、まだまだ課題は多いと思いました。
被害が限定的で、人が住み続けているところはだいぶ復興していますが、被害が大きくて人が住めなくなったところは、いまだに放置されています。
高台移転もこれからのようですし、復興はこれからも長期的な取り組みになるのでしょうね。
石巻
石巻
*2014年6月14日の石巻。津波と火災で大きな被害を受けた門脇小学校は、いまだ立ち入り禁止状態。隣りはお墓が立ち並んでいますが、倒れたままの状態のものも多い。
震災をきっかけに仕事を辞めた人、放射能を避けるために地方に移住した人など、震災が転機になった知人も何人かいます。
僕自身は、ほとんど震災前と変わらない生活を続けています。
でも、気持ちは大きく変わったし、震災がなければ「アーリーリタイアして、やりたいことをやろう!」なんて発想にはなっていなかったような気もします。
いずれにせよ、これからも被災地とは何らかの関わりを持っていきたいと思っています。
「困っている人を助けたい」ということ以上に、「自分の人生に影響を与えてくれたことにお返しをしたい」という気持ちがあるのです。


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