悩み

先々週から先週にかけて東京に行っていた――という話はすでに書きましたが、東京では大学院の同級生や、会社時代の同期に会ったしました。

当然、同級生や同期の消息の話題になるのですが……

その消息を知って、驚くことがいくつかありました。

僕の大学院の同級生の何人かは、大学に残って研究者の道を進んだのですが、
シンジ君(仮名)は教授になっていましたが、もう一人の同級生のタツオ君(仮名)はいまだに助教をやっているそうです。

教授になったシンジ君は学生時代は特別優秀なわけではなく、むしろタツオ君の方が優秀だと見られていました。

二人とも博士号取得後は、ぶじ助教(当時は助手と言われてましたが)になれましたが、タツオ君の方は旧帝国大学のその分野では第一線の研究室に行き、シンジ君は地方の私立大学に行きました。

なので、その時点ではタツオ君の方が将来を期待されていたんですよね。

どうして逆転現象が起きたのかは良くわかりませんが、聞いてるところでは、
シンジ君は、運よくノーベル賞候補とも言われる研究者と共同研究して、着実に成果を出していった。
一方の、タツオ君は人気が高く、競争が激しい分野だったため、なかなか成果を出せなかった。

ということのようです。二人とも同じくらい努力はしていたと思うし、才能的にはタツオ君の方があったかもしれないんですが、この結果は皮肉なものだと思います。

理系の研究者の競争は激しく、一流大学で博士号をとっても、「ポスドク」として非正規の研究員にならざるを得ない人も多く、いずれアカデミズムの道をあきらめてしまう人も多いので、万年助教だったとしても、ポストがあるだけ良いじゃないか?と思うかもしれません。

でも、鳴り物入りで助教になったのが、20年以上も経っても全く同じポジションに留まっていて、目立った成果もあげられず、年下の研究者が助教や教授になっていくのを見ているのも、心穏やかではないと思うんですよね。

理系の理論系の研究って、年を取ってから成果を上げるのは難しいので、40代後半で目立った成果を出すのは、正直難しいと思うんですよねぇ。

実は、僕も大学に残って研究者になりたいと思っていたのですが、そのまま見切りを付けずに大学に残っていたら、タツオ君と同じような状況に置かれていたかもしれません。

これら2人に限らず、研究者になった人たちを見ていても、学生時代の能力と、その後の業績とはあまり一致していないし、地位に関してもかなり明暗が分かれています。

一方で、博士号まで取ったけど、研究者への道をあきらめて、外資系の投資銀行に就職した同期もいます。リーマンショック後も生き残っているかは不明ですが、少なくとも高収入は実現していたのは間違いないです。

改めて思うのですが……

努力するのは大前提にしても、「この方向ではうまくいかないかも」と思ったら、柔軟に軌道修正したり、チャンスをうまく掴んだり、場合によってはその道を諦めたりすることも重要なんでしょうねぇ。

しかも、それは早ければ早いほど良くて、手を打たないまま行ってしまうと、なかなか逆転するのは難しくなっていきます。

研究者の世界について書きましたが、別の仕事、いや人生全般にかかわることだと思います。

 


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