一日遅れになりましたが、昨夜、NHKの深夜放送でやっていた「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」のレビューというか、番組を見て考えたことを書きます。

テーマは「働きたいのに働けない 若年無業のジレンマ」

「働きたいのに働けない」辛さ。自信がない、コミュニケーションが苦手などさまざまな声に、就業支援の取り組みも多様化しているが何が壁になっているのか?状況に応じそのジレンマをどう受けとめる?働くことの定義をどう更新する?多様な生き方論。支援する/支援されるという関係性から、一歩踏み出す道は?彼ら彼女らのホンネに迫り若者が社会に出る時に直面する原点の問いをあらためて考える。

僕が就職活動していた時、「働くって何だろう?」「自分が向いている仕事って何だろう?」と色々なことで悩んでいました。
志望する会社から内定をもらえなくて、悶々としていたこともありました。
会社に入ってからも、数年間は「この仕事を続けていて良いんだろうか?」「自分はこの仕事に向いているんだろうか?」と悩んでいました。

ただ、当時は「学校を卒業したら、働くのが当然」、「3年は同じ会社に勤めるべき」という通念があって、なんだかんだ言って新卒で就職した同僚は、そうしてましたね。
外資系金融に就職した同級生、国内シンクタンクに就職した同級生は3年以内に転職しましたけど、当時は少数派でしたね。

いまも、そうした通念は完全に消えてないですけど、ニートの存在や、転職を繰り返す人は、当時よりもかなり数が増えていると思います。

同じ会社に勤めていれば、雇用も収入も安定する可能性は高かったんですが、だからといって仕事に関する悩みから解放されるわけでは全然なかったですね。

現代は、「働かない」「働けない」あるいは「定職を持たない」という選択肢も広がっています。
僕が就職活動をしていた頃と比べると、多様化していると思いますけど、全体としては、若者の労働環境は厳しくなってると思いますね・・・

株価は僕が就職した時よりも高くなっているし、日本経済は必ずしも悪くないはずなんですが。

さて、番組の中では、ゲストの蛭子能収さんが意外にまともというか、厳しいことを仰っていました。
曰く、「僕は、働かざる者食うべからずだと思っている」「働くことの意味は、飯を食うためだと思う」。

まあ、究極的にはその通りだと思いますね・・・

仕事にやりがいを求めたり、好きなことを仕事にしようと思うと、かえって辛くなることがあります。
でも、いまはそれを実現出来ている人が目立っているし、それが出来ることが良いことだと思われています。

働かなくてもメシが食える状況になり、実際に会社を辞めてみると、究極的な働くことの意味はメシを食うためだと思います。
逆に、メシが食えれば、働く必要はない。

たとえニートであっても、実家がお金持ちで一生生活に困らないのであれば、別に働く必要はないんですよね。
家族に経済的に依存しつつ、家族が働けなくなったら、共倒れしてしまうのであれば、問題だとは思いますが。
でも、そうなったら、にっちもさっちも行かなくなって、待遇ややりがいとは関係なく、働かざるを得ないでしょうし、いまの日本の場合、どうしても仕事が見つからないということは、よほどのことがない限りないと思いますね。

そういう意味では、まだまだ日本は恵まれているのかもしれないなあ・・・と思います。

少なくとも、僕自身に関していえば、かなり恵まれているとは思います(笑)。


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