昼寝

オダギリジョーの仕事論、「仕事なんてどうでもいい。もっと大事なことがある」

オダギリジョー、なかなか素晴らしいことを仰ってますねえ。

最近はだいぶ変わってきたけど、第一線の人は「自分は死ぬほど努力した。死ぬほど努力しないと成功しない」みたいなことを言うのが普通だったし、「人生は仕事一筋」みたいな感じでした。
記事読んでも、オダギリさんは、かなり努力されてるんだと思うんだけど、どこかで仕事と遊びのバランスをうまく保ってるんでしょうね。

会社員時代、社内外で付き合ってきた人達の中には「仕事が一番大切」「自分は仕事が大好き」なんて人が結構いました。
でも、そういう人見ていて「ホンマかいな?」と思ってたんですよね。

たしかに、素晴らしい仕事をしている人も中にはいたけど、プライベートを犠牲にしてやるほどのことかなあ・・・と思ってました。

ジョブズやイーロンマスクみたく、世の中をガラッと変えてしまうような、商品やサービスを展開できるなら、自己を犠牲にして働く意味はあると思う。
何万人もの病気を治したり、多くの人の命を救ったり、多数の虐げられている人たち人権を回復したりするのであれば、過労死するくらい働いても良いと思う。

でも、人がつくった商品を売りまくって営業成績が社内トップになるとか、自分が企画した商品がヒットするとか、リーダーとしてプロジェクトを成功に導くとか、その程度のことで、プライベートな時間を犠牲にすることはないと思います。

僕自身、30代の頃、まだ世の中に存在しない新製品のマーケティングをやる機会がありました。
画期的な商品だったので、仕事もやりがいはあったんですけど、どこかで「これが世の中に出て、売れたところで、何が変わるんだろう?」というのがあったんですよね。
画質の高いテレビが出たとか、カロリーゼロの飲料が出たとか、それはそれで価値あるんでしょうけど、戦後に街頭でテレビ画面に食いついて見ていた時代や、水が汚染して新鮮な水が手に入らない状況とは違います。
人の限りない欲望を満たし続けるために、自分の大切な時間を使って働き続けることに対しては、どこか疑問があり続けました。

だから、オダギリジョーの言葉は良く分かる。

俳優という仕事で成功を収めたオダギリさんでさえそうなんだから、他の凡人が「仕事! 仕事!」みたいな生き方してるのは荒唐無稽だと思うんですよね。

オダギリがさん仰る通り、“楽しいことを思い切りやるべきだ”てことでしょうね。

「楽しいこと」が仕事であればいいんでしょうけど、そうであることはほとんどありません。
そうだと信じていても、おそらく自分を騙しているだけだと思います。

そんなわけで、皆様も連休明けのお仕事、ほどほどに頑張ってください(笑)。


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