この前、東京に行ってきたという話はすでに書きました。

東京に来て、東京に戻らないことを決めた

東京のビジネス環境は思いのほか厳しいなあ……
と実感したのですが、業界によって明暗が分かれている感じもありますね。

さて、何人か友人や同僚と会ったという話も書きましたが、大学に残って研究者になった人の現在は明暗が分かれている……という話は書きました。

人生は逆転できる。早く手を打てば…だが。

会社員をしている人も同様でしたね。

僕の同期で、そこそこ優秀でもまだ管理職になれていない人もいます。
15年前だったら、ある程度の年齢に行ったら、よほどの無能な人でもない限り、管理職に昇進していました(窓際管理職も多かった)が、いまは定年まで行っても、管理職になれない人がたくさん出てくるようになりました。

10年くらい前までであれば、その時点で定年退職できていれば、「うまく逃げ切った」という感じですが。

世代間の不公平性というのはやっぱりあるなあ……と思います。

出世できなかったのは、「成果が上げられなかった」というのはあるんでしょうが、たまたま行った部署や、付いた仕事が成果を上げにくかったり、本人のスキルや適性に合ってなかったり、良い上司に巡り合えなかったりして、成果を上げられなかったというのも大きいですね。

「出世する人の法則」みたいな本や記事がありますけど、僕が見る限り、出世する人としない人の間には明確な違いがあるわけではなく、巡り合わせとか、偶然性も大きい気がします。

もちろん、たまたま巡り合わせた環境でどうチャンスを活かすか? は本人次第というところもあるし、世渡りがうまければ、良いポジションに身を置くこともできるし、同じことをしても評価が上がりやすいというのはあります。

IT・デジタル関連部署の人は、上司がいたとしても、仕事内容を分からないことが多く上が詰まっていないので、出世はしやすく、若くして管理職になっている人も多いですね。
でも、彼らがそこを狙って成功したかというと、必ずしもそうではなく、たまたまその部署に若い時に配属になった(当時は人気部署ではなかった)という場合も多いです。

役員になっている人を見ても、僕が会社に入った20年前はさほど目立って優秀でもなく、華々しい成果を上げた人でもないことも多いです。

競争相手が社内政治に敗れたり、逆に付いていた上司が社内政治に勝って引き上げてもらったりしている場合もあります。
特に、不祥事で責任を取って上層部が辞めてしまって社内の勢力図が変わり、割を食らった人もいれば、美味しい思いをした人もいます。

役員秘書なんかで、出世した役員に付いていた人は、目立った成果はなくても早く管理職になってましたね。
まあ、偉い人の相手をちゃんとするっていうのは、一種の才能だと思いますけどね。
イノベーションだの革新だのと言われる中で、「与えられたことをちゃんとやる」というのは、あまりポジティブに評価されませんが、これがちゃんとできていれば、出世しやすいというのは事実ですね。
(目立った成果がなくても、こういう人はほぼある程度のところまでちゃんと出世している)

「出世する/しない」というのは、魑魅魍魎とした会社という世界でどううまく生き抜いていくのか――という話で、なかなか一定の法則で語れるものではないなあ、改めてと思います。

 

 


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