あいちトリエンナーレの補助金の不交付が決まり、物議を醸しています。

あいちトリエンナーレの補助金、不交付の方針に芸術家らが危機感「文化発信力にとどめを刺された」

「文化庁は文化を殺すな」 あいちトリエンナーレ2019に対する補助金交付中止の撤回求め8万2000人がネット署名

僕自身は、どちらかといえばリベラルな人間だと思っていますが、文化庁の判断に別に憤りは感じないですね。

トリエンナーレ全体の交付金が打ち切られてしまうことに対しては疑問もありますが、補助金を減らされてもしょうがないかなあ・・・とは思っています。

表現の自由は尊重すべきだと思っていますし、「表現の不自由展」は中止する必要はなかったとも思っていますけどね。

会社を辞めて無職だったころ、美術館に足しげく通っていましたし、その中で、美術史も多少勉強しました。
それで実感したことは、芸術家も生活できないとできないから、パトロンが必要なんですよね。

「芸術家は権力や既成概念に囚われずに自由に表現すべき」なんて考えは、現代独自のものであって、昔の芸術家はパトロンの意向に従うのが当然でした。

歴史に残る有名な芸術家を見ても、パトロンには従ってきたわけだし、パトロンに恵まれていなかった芸術家は、歴史には名を残しても、不遇な末路をたどっています。

昔は王侯貴族がパトロンだったわけですが、貴族制度が崩壊してからは、国家、金持ち、あるいは一般大衆が芸術を支援しているわけです。

つまり・・・

  1. 国から補助金をもらう
  2. 金持ちや企業から支援してもらう
  3. ビジネス化してお客さんからお金をもらう

といういずれかの方法があるわけですね。

民主主義国家においては、国家権力も民意には従わなければならないから、1の場合は、民意を反映しているのかってことになります。
「表現の不自由展」は残念ながら、一部を除いて国民の支持は得られていないと思うんですよね。

2についてですが、日本の企業や起業家にはリベラルな思想を持っている人は意外に少ないので、あいちトリエンナーレのパトロンになってくれる人はいないと思いますね。

3についてですが、エンターテイメント性が高い展覧会(「ジブリ展」とか、「チームラボ展」みたいなやつ)ならともかく、客から金とってペイさせるのは難しいんじゃないかと思います。

あいちトリエンナーレ全体はさておいて、「表現の不自由展」みたいな展覧会は、坂本龍一みたいなリベラルなお金持ちが支援するとか、彼みたいな賛同者を募って協賛金を集めるとかすればよいんじゃないでしょうか。

芸術家だって、したたかさが必要だし、処世術に長けていなければならない。

「表現の自由」というは原則論であって、お金をくれる人の意向に従わないと生きていけないわけだから、「自由に表現させてくれて、なおかつお金を出してくれる」人を探すか、そうでなければ貧困にあえぎながら、自分の表現を追求するかしかないと思いますね。


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