お盆のシーズンですね。

東京の会社の元同僚や、友達は、里帰りをしたり、夏休みを取って旅行に行ったりしてます。

沖縄は、お盆はあまり関係ない代わりに、旧盆を祝います。
旧盆は移動型で、毎年日程が変わります。
2018年は8月23日~8月25日です。
ただ、那覇市に関しては、都市生活が定着している影響で、旧盆だからといって、会社を休んだりしない人も結構います。

会社員の人は、意外に夏休みを取らないまま、ズルズル仕事したりもしているようです。
僕自身は、実家とは絶縁状態だし、繁忙期に休むこともないので、通常かどうしています。

ただ、夏のこの時期はいろいろと特別な感じはするんですよね。
終戦記念日があったり、高校野球でワイワイ騒がれていたりして、平常とは少し違った気分になります。

さて、BSで原爆開発のドキュメンタリーをやっていたんですが、すごく勉強になりました。
大学、大学院時代の専攻が物理学だったので、元々関心のある領域でもありました。

BS1スペシャル▽“悪魔の兵器”はこうして誕生した~原爆 科学者たちの心の闇

元々、ナチスドイツが原爆開発してるんじゃないかって疑いがあって、「先に開発しないとヤバいことになるかも!」ってことで、アメリカが巨額予算を投入して原爆開発に踏み切った。
ただ、開発中にドイツは原爆開発していないことが判明。
さらに、ヒトラーは負けが重なっており、ドイツの降伏は時間の問題となっていた。

ちなみに、日本は連合国にとっては、さほどの脅威ではなかったようですね。
日本人の身からすると、「大国相手に立派に戦った」と思いたいし、実際に局所的にはそうだったんでしょうが、大局的にみると、ナチスドイツほどの脅威はなかった。

ナチスドイツの恐怖が払拭された時点で、開発は打ち切っても良かったんですが、そうはならなかった。

原爆開発は、議会の承認を経ず、ルーズベルト大統領の独断で決定したもので、多額の予算を投じておきながら、成果が出せなかったとなると、厳しく糾弾され、責任追及される可能性が強かった。
科学者も職を追われる可能性があった。

アメリカ国防研究委員会 (NDRC) 議長のヴァネヴァー・ブッシュと、ロスアラモス研究所の所長のオッペンハイマーは、開発の継続を強く主張し、政府や科学者を説得した。

日本が降伏する前に、原爆開発は完了し、広島と長崎に落とされた。
投下にあたっては、様々な意見があったそうです。
「日本に落とす必要はない。原爆を使うにしても、人身に害がない場所に投下をし、原爆の恐怖を知らしめれば、日本の降伏を早めることができる」
という真っ当な意見もあったようです。
「原爆の威力を検証できるし、戦争に役立ったという証拠も得られる」、「これ以上の殺戮も避け、人の命を奪わなくても済み、国際的な避難も回避できる」
という視点からは、これが正しい落とし所だったわけですね。

ただ、「原爆開発の成果を示す」という点ではこれは不十分で、少なからずいた科学者たちの反対意見を押し切って、トップは原爆投下に踏み切った。

オッペンハイマーの主張としては「人々が原爆の恐怖を知ることで、戦争を回避することができる。これは平和のためだ」とのことです。

「平和のために、戦闘員でもない罪のない一般市民を大量殺戮する」という論理はどう考えても成立するわけないと思うんですが・・・
最終的にはそれが通ってしまった。

この番組は、戦争の害悪みたいなことをあからさまに強調していないのですが、淡々とした描写が故に、人間の判断がいかに狂わされるのかというのが、リアルに心に染みてきますね。

原爆の開発は、莫大な国家予算と世界の頭脳を結集した、過去に例のない巨大プロジェクトだったわけで、そこから成果も画期的だった。
しかし、大量の死者を出し、その後も、世界は核の恐怖に怯え続けることになります。
それだけ世界に大きな影響力を与えた出来事だったわけですが、極めて政治的、しかも小市民的、小役人的な判断によってなされたものなんですね。

この前、元オウム真理教の信者が死刑になりましたが、オウム真理教事件とも共通するところがあるなあ・・・と思いました。
組織の論理に翻弄され、正義や道徳に反することを行っているという自覚はありつつも、保身のために反対もできず、間違った選択をしてしまう。

会社員も同じだな・・・と思います。

原爆開発で起きた過ちって、過去の話でもなければ、歴史的な分岐点に関わる大きな話にとどまらない。
多かれ少なかれ、いまの日々の生活の中でも起きていることなんだろうなあ・・・と思いました。

身につまされる話でした。


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