昼寝

一昨夜、栗城史多氏の死について書きました。

栗城史多氏は誠実だったのか?

栗城氏の死を思う時、登山中に滑落して死んだ友人のことを同時に思い出すんですよね。
この友人のことは、本ブログでも1度書きました。

僕はなぜ、東京タワーを階段で昇るのか?

この友人は、登山経験も豊富だったし、栗城氏程には無謀ではなかったのですが、実力以上のことをやろうとするところはありました。
「困難なことに挑戦している」とも言えなくもないのですが、リスクの見積もりが甘いという感じもありましたね。
彼から登山に誘われたことは何度かありましたが、初心者には過酷で危険なルートが多かったので、断ることが多かったですね。
実際、彼が死ぬしばらく前にも、彼と一緒に登っていた仲間が大怪我するという事件が起きていました。

彼は、色々なことにアクティブに取り組む男で、週末もほとんど家にいなかったんですが、どこか、生き急いでいるようなところがありました。
やりたいことを全部やりつくそうとして、先走った末に、命を危険に晒して、死に至ってしまった。
僕はそう捉えています。

性格もよく、仲間からも慕われていて、欠点と言える欠点も見当たらない奴でした。
ただ、若くして死んだことが、かなり大きな欠点となったと思います。

捜査に多くの友人が協力したし、赤の他人にもたくさん迷惑をかけた。
彼がこれから世の中に対して成すべきことを成さなかった。
何よりも、多くの人を心配させ、悲しませた。

彼は生前「自分が万が一、危険に陥って死んだら死んだでしょうがない。そのことを後悔はしない」みたいなこを言っていたそうです。

自分勝手な意見だったと、いまの僕は思いますね。
「太く細く」みたいな生き方に憧れていたこともあるけど、いまは逆ですよ。
特に、仕事を辞めてから、平凡な日常生活それ自体に価値があるという思いが強まっています。
「細く長く生きたいな」という思いを、このたび新たにした次第です。


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