会社員

日大アメフト部の内田前監督「やらなきゃ意味ないよ」発言を否定 選手の証言と食い違い

日大アメフト部の方法の記者会見も開かれましたが、タックルした選手と主張が食い違ってます。。。
世論は、完全に学生側に傾いていますね。
それもムリもない。
大学側はウソを付いていることがありありと伺えるし、自分たちの責任を逃れるために、選手に罪を押し付けているようにしか見えませんね・・・

第二次世界大戦中の日本を想起する人も多いですね。
将来のある若者を前線に出したが、指導者達は彼らを切り捨て、犠牲にした。

会社という組織体に20年近くいて思うのですが、会社は個人の搾取によって成り立っているところはあるけれど、その引き換えとして個人を守ってくれるところもあります。
失敗して、損失を出しても、個人が負う責任は限定的で、会社が損失を補てんしてくれます。
ただし、その代償として、儲けたお金の多くは会社の利益になるわけですが・・・
会社組織と言うのは、ギブアンドテイクで成り立っています。

組織と言うのは、概ねそういうものだと思うんですよね。
だから、個人に責任が転嫁されたり、組織のために個人が犠牲になったりするのでは、組織に属する意味がありません。
でも、個人に責任が転化され、組織によって個人が切り捨てられるってことが、少なからずあるんですよね・・・
そんなことが起こる時は、実は組織の維持発展のためというよりは、上層部の保身のために行われることが多いんじゃないかな。

そう言えば、NHKスペシャル人類誕生 第2集 最強ライバルとの出会い そして別れの中で面白い事実が紹介されていました。

ネアンデルタール人とホモサピエンスが共存していた時代があったが、ネアンデルタール人は滅んでしまった。
体力ではネアンデルタール人の方が上だった。
知力も、ネアンデルタール人はホモサピエンスに劣っていたわけではなかった。
では、どうしてネアンデルタール人が絶滅して、ホモサピエンスが生き残ったのか?

それは「集団力」にあるんだそうです。

技術革新、例えば武器の進化が起きた時、ホモサピエンスは集団力が優れていたため、その技術が伝播して、多くの個体で有効活用されるようになった。
結果、ネアンデルタール人との生存競争で優位に立つことになった。

やはり、集団をつくることは生存競争において優位に立つんですよね。

組織に属さずに一匹狼として生きるのは、一見恰好良く見えるのですが、生存競争では不利になる。
「会社なんか辞めてしまえ」みたいなことを嘯いているフリーで成功している人たちも、ネット上のコミュニティを作っていたりして、組織(ゆるやかなものになりますが)には属しているんですよね。
個人の力には限界があります。

話を戻しますが、人間は集団で生きることによって生き延びてきた以上、集団に属さざるを得ない。
ただ、それがゆえに、集団に属することによる悲劇も起きてしまうんですよね。
いずれにしても、個人が切り捨てられたり、個人が犠牲にならざるを得ない組織は、矛盾を抱えているということになるので、長続きはしないでしょうね。
問題なのは、個人が自由に組織を選ぶことが出来ないという点です。
いや、本当は自由に選べるはずなのですが・・・


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