甘利経済再生担当相が閣僚を辞任だそうです。

「政治資金収支報告書には、2013年8月に受け取った500万円の内、200万円の記載しかされておらず、残り300万円についての記載はない」ということですが・・・
てっことは、着服したのは200万円ってこと?
その他にも、50万円とかいう金額がちらほら見られますが・・・

大物なのに、たったこれだけ?

ロッキード事件で5億円、リクルート事件の時は受領者側が未公開株で66億7000万円の利益を得たとされています。
それと比べると、いかにも少ない。

金額が少ないから許されるとか、そういうものではないのですがね。

にしても、汚職のスケールが小さくなりましたね。

この程度の金額で辞任させるのはもったいない。
留任することによる日本経済に対する貢献はもっと大きいはずだ!
みたいな意見も見られます。

一昔前は、政治家にしても、経営者にしても、有能で社会や会社を富ませてくれるのであれば、多少の悪事は大目に見ようという風潮がありました。
いまでも、その名残は多少はありますよね。
例えば、会社のお金を着服した場合、有能な社員と無能な社員、あるいは役職によって、処分の厳しさは違うんじゃないかと思いますよ。

人間は・・・というか、生き物は、元々は決して平等ではないんですよね。
平等にしようという努力こそが、人間の営みなんだと思います。

僕個人としては、辞任はやむなしだと思います。
時代が変わったんだと思います。

以前、中国に旅行に行く前に、中国史の本を何冊か読んだのですが、中国は混乱期と安定期を周期的に繰り返しているんですよね。
混乱期は、ルール破りで、地位も肩書もなかった人物が実力でのし上がって社会を支配します。トップはカリスマ性がありますが、大量殺戮したり、富を独占したりと、悪いことも沢山します。
一方、安定期は、官僚化が進んで、努力して真っ当な出世コースを歩んだ人が偉くなる。

いまの日本、いや、日本だけでなく、先進国は安定期にあるんだと思います。
だからこそ、指導者にも清廉潔白で真面目な人であることを求めるんだと思います(実際の指導者がそうであるかはさておき)。

ドイツの作家、ベルトルト・ブレヒトは「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。」と言っています。

いまはまさに英雄のいない時代だと思いますよ。
でも、英雄を必要とする時代よりはマシってところでしょうかね・・・


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