バブル

BSプレミアムの『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』が面白いので、毎週見ています。

昨日は「ジュリアナ東京 最後の日~バブル狂騒 夢の跡~」で、ジュリアナ特集(?)でしたが、勉強になりましたねえ・・・

テレビでバブル期の映像が流れるとき、ジュリアナのお立ち台で踊っている女性が映し出されることが非常に多いです。
「日本国民がバブルに浮かれて、いかにバカなことしていたか」の象徴みたいな映像なんですけど、実態は意外に語られていません。

番組を見るまで気づかなかったんですが、ジュリアナ東京が出来たのは1991年5月で、この時すでにバブルは崩壊していたんですよね。
ジュリアナ全盛期、僕はたしか大学生だったと思うんですが、東京にはいなかったし、貧乏学生だったので、当然ジュリアナに行ったことはなく、メディアで報道されることしか知らなかったんですよね。

で、番組の中で実際にお立ち台で踊っていた女性に取材されていたんですが、当然のことながら、みんな見事にいいオバちゃんになってました(笑)。
「お立ち台の女王」と呼ばれた荒木師匠こと、荒木久美子さん(僕とほぼ同世代)は、いまでも華やかだし、一度も就職はせず、いまは婚活サロンを経営されているそうです。
彼女は色々な意味で別格(笑)としても、お立ち台で踊っていた女性の大半は、OLやら看護師やら、普通に仕事をしている人たちで、別にバブルに浮かれて散財していたわけではなかったようなんですよね。

ジュリアナは女性の入場料は4,500円(男性は5,000円)で、飲み物と食べ物は付いていたそうなので、お値段はバブル価格でもないし、ボディコンファッションにしてもみんなお金のない中、工夫しながらうまくコーディネートしてたんだとか。

当時、男女雇用機会均等法は施行されたものの、女性はお茶汲みやコピー取りみたいな仕事しかさせてもらえない。
そんな中、ジュリアナのお立ち台で踊れば「女王様気分」を味わえる。
不満を抱えた女性が承認欲求を満たす場でもあったんですねえ。

オープン当初は黒服で、最後は支配人まで上り詰めた内藤公嗣さんのインタビューもありましたが、華やかな裏側には多くのトラブルがあり、それの処理に奔走していたそうで、実際は地味な仕事の積み重ねだったようです。

最後は、ジャーナリストの都築響一さんが出てこられました。
都築さんはジュリアナのライバル店のコンセプトデザインをやっていたそうで、当時のお立ち台ギャルの写真も数多く貯蔵されています。
彼に言わせると、ジュリアナは一種のお祭りであって、出会いの場でもあり、「多幸感」を具現化したものだそうです。
いま、そういうものが失くなってしまったのは、大人の責任でもあるみたいなことを仰っていました。
渋谷のハロウィンとも対比がありましたが、ジュリアナというのは決して「バブルの徒花」ではなく、若者の祭りの場っていうのはいつでも必要とされているし、形を変えながらそういうものは出てくるものだなぁ・・・と思いました。

結論を言えば、バブル期が決して幸せだったとは言えないし、お立ち台で踊っていた(元)ギャルも幸せだったとは言えない。
ただ、かりそめの幸福感は得られたに違いないし、そういうものはいつの時代も必要とされるものだ・・・てことなんでしょうね。

まあ、日常が充足していれば、発散の場もあまり必要ないんじゃないかと思うわけですが。

今回の特集は、表層的に語られがちな世界にしっかりと踏み込んで丁寧に取材していて、勉強になりました。


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