勉強

昨夜、NHKスペシャルで「“冒険の共有” 栗城史多の見果てぬ夢」をやっていて、思わず見入ってしまいました。

栗城氏の生前の活動は知ってはいましたが、応援もしてなければ、批判もしていませんでした。
特に関心もなかったんですね。

ただ、エベレストで亡くなられた時は、いろいろと思うところがあり、ブログにも投稿しました。

栗城史多氏は誠実だったのか?

いま、栗木氏をテレビ番組で扱うのは、微妙な問題があると思うんですよね。

称賛するのは的外れだが、批判すると死者に鞭打つことになる。
番組に対する意見はいろいろあると思うけど、僕としては、過度な批判も称賛もせず、問題点は問題点としてちゃんと取り上げられていて、誠実な内容だったとは思います。

登山家からは批判され、SNSやらメディアからは称賛とともにバッシングも受けながら、栗城さんはそれらに駆り立てられ、無謀とも入れるチャレンジをした結果、帰らぬ人になってしまった。

番組を観た後も、栗城氏を無謀な挑戦に駆り立てた要因、それ以上に彼の人生で目指すところがどこにあったのかというところは分からなかったですが、それだけに余韻が残りました。

そんな中で、栗城さんのアドバイザーをしていた、登山家の花谷泰広さんのアドバイス、
「山を見るのではなく、自分を見て登れ」
というのは含蓄のある言葉として心に残りました。

この言葉は、登山だけでなく、人生そのものに対する箴言になっていると思います。

自分自身に照らしても、すごく納得できます。
「仕事でこれを成し遂げなければならない」
「人々から称賛されたい」
「ライバルに負けたくない」
そんな感情を、日々抱いてわれわれは生きています。
でも、自分以外のところに目標物を設定して、そこしか見ていないと、行くべき方向性を見誤ると思うんですよね。

自分は何に適しているのか?
自分の能力の限界はどこにあるのか?
本当にそれは自分がやらなければならないことなのか?
自分が本当にやりたいことは何なのか?

たとえ答えは見つからなくても、「自分を見る」ということから出発し、常にそこに立ち返らないと、どこかで破綻が生じてしまうのだと思います。

会社を辞めて、セミリタイアもどきのことをやってみて、改めて「これまでの自分は、自分自身をちゃんと見てなかったなあ…」と思うんですよね。


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