ネット上で話題になっていたNHKスペシャル終わらない人 宮﨑駿

出かけていてリアルタイムで見れなかったので、録画して見ました。

引退宣言した後の宮崎駿の生活と、新たな短編アニメを制作する取り組みを追ったものです。

75歳にの宮崎氏が映されるんですが、「やっぱり老いたなあ」という感想と、「まだまだ現役で第一線でやろうとしているんだなあ」という二つの感想を同時に抱きました。

宮崎作品はほとんど見ているし、その才能は素晴らしいと思います。
でも、無条件には受け入れられないところもあります。
番組を見ていて、僕のこの感情がどこから来るのか、だいぶわかってきた気もしました。

一番ネットで物議を醸していたのが、下記の件です。

宮崎駿監督がドワンゴ川上量生氏の提案に怒り ネットでは称賛の声

たしかに、このシーンが一番インパクトがありましたし、良くも悪くも宮崎駿の特徴が端的に表れていた個所でもありました。

今回の番組を乱暴にまとめると、CGという無機質な技術を使って、どうやって作品に生命を吹き込むか?というところに、宮崎氏が苦悩するというところかな、と思います。

宮崎駿は、自身の作品の中に、いかに生命を宿らせるか?という点に全力を集中しているんですね。
彼の思想は「生命中心主義」と言えるかと思います。
だからこそ、環境破壊や戦争は絶対悪として退けなければならない。

僕からすると、ドワンゴのCGは面白いと思ったし、「生命に対する侮辱」とも思えなかったですね。
僕の生命に対する感性が、宮崎氏と比べて鈍すぎるのかもしれません。
まあ、僕に限らず、世の中の大半の人の感性は、宮崎氏よりは鈍いと思いますが。

強い「生命中心主義」の哲学があるからこそ、宮崎作品に登場する生き物全てが作り物とは思えない、感情移入ができるものとなっているんだと思います。

ただ、表現というのはそういう方向性だけでないというのも事実かと思います。

「生命なんて複雑な機械じゃないの?」という発想もまたありうるわけで、昨今の人口知能だのロボット工学だのは、いったんそういう発想を受け入れるからこそ成立している部分もあるんじゃないかと思います。
そんな中で、芸術であろうが、エンタメ作品であろうが、そういう発想が浸透してくることには不思議はないと思います。

とはいえ、「生命主義」「人間主義」と「機械主義」「技術主義」的な発想の対立って至る所で起きていますね。
人間はどこかで前者に軍配を上げたいと思ってしまうところがあるし、僕もそうなんですが、未来にはそれに囚われないことで広がっていく世界もあるんじゃないかというのも、また事実かと思います。

「宮崎さんって偏屈だなあ」と思ったりすが、その偏屈さが素晴らしい作品を生んでいるので、その偏屈さは必ずしも否定すべきものでもない。
いろいろ難しいですなあ・・・


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