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『貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』(橘玲 講談社+α文庫) を読んでいます。

まだ半分くらいしか読んでいないので、レビューは改めて書こうと思いますが、前半に書かれていた日本社会の変化について、ちょっと考えてしまいました。

橘玲は、現在の日本の会社を、縮んでいく映画館に例えています。
映画館は常に満員で、中高年が優先的に入っている。
入った人はなかなか出てこないから、若者は外で待っている。
ところが、映画館は縮んでいて、中の人は徐々に押し出される。
でも、中の人は、そこにいるだけでお金が貰えるので、しがみつく。

著者は、「そんな会社から離れて、自由に生きよう!」と主張されています。

でも、僕はこの部分を読んで「ああ、僕は既得権益を手放そうとしているんだなあ・・・」と思ってしまいました。

そういえば、新入社員の頃、同期と「名前だけの管理職になって、毎日会社来るだけで給料もらえるのが理想だよなあ」みたいなことを冗談交じりに話していました。
いまや、仕事しない人は管理職にもなれなければ、給料も上がりません。
でも、業績がよほど悪化するか、反社会的な行為でもしない限り、そうそうクビにはなりません。

「希望退職制度」とか言って、会社では中高年にお金をつかませて追い出そうとしているわけですが、なかなか希望者が集まらないのが現状です。

僕も、退職を真剣に考えるようになって、応募しない人の気持ちが良く分かるようになりました。

例えば、早期退職制度に応募すれば、1000万円退職金を積み増してくれるとしても、年収500万円だとすれば、2年分しかないんですよね。
大手企業でそこそこの年齢行っていれば、500万円なんてものではないでしょう。
2000万円積み増されたとしても、せいぜい3年分くらいでしょうか?
仕事をしなくても一定の給料を貰えるなら(それがたいした金額ではなくても)、会社に居座り続けた方がお得なんですよね・・・

いわゆる「飼い殺し」なわけですが、放り出されると生きていけないなら、会社にしがみつくのも良く分かります。

金銭的に損な選択をあえてするのか?

自分としては、心は決まっているつもりなのですが、そんな思いが折に触れて湧いてきます。


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